宝箱の中の小説

小説がある場所はまさに宝箱。今日は何を読もうかな?どんな小説を取り出すか、その日の気分次第です。

rainbow

小説の使い道

物を食べながら歩くのが好きです。中華街や旅先の商店街、お祭りの屋台。いろいろな所で出くわす食べ歩きはとても楽しい物です。店で腰を落ち着けて食事するのもいいですが、気候が良い時は店の中にいるのも勿体ない。
そう言うわけで、先日友人と旅に出て食べ歩きをしました。友人はお店でゆっくり派ですが、私が美味しそうな物を見つけてしまい、店に入れなくなりました。なんて事は無い普通のコロッケですが、店先で熱々が揚がっているのを見たら我慢しきれませんでした。その地方特有の具材でしたので、ここでしか食べる事が出来ないかも!と思うと、いても立ってもいられなくなったのです。他には海産物の焼き物、おこわ、地ビールと両手で抱えきれないくらい買ってしまいました。ベンチがあったので腰をおろして食べよう、となったのですがみんなで座ると食べ物を置くスペースが無くなってしまいました。
こんなにたくさん一気に買い込まなくても、食べてから買いに行けばよかったのですが、お腹が減っているとそうも行きません。膝に焼き物、片手におこわ、片手にコロッケするとビールはどうする?と悩みました。他の友人はこんなに買っていないので両手で事足ります。飲み物を地面に置くのも抵抗があり、ベンチに置いて立って食べるしか無いか・・・と思っていると、友人がソフトカバーの大判小説を差し出してきました。「??」そんな私に一言「お盆にしたら?」ということで、膝の上に置いてその上に焼き物とコロッケとおこわを置き手にはビール、見事安定。汚したら弁償ね、と冗談まじりに言われたので細心の注意を払って食べました。こんなときにも小説は役に立つのかと感心しです。

素敵なお弁当を持って

晴れた日はお弁当を持ってピクニックへ出かけたくなります。建物の中でじっとしているのが嫌になります。でも、暑すぎたり寒すぎたりで中々実行まで移せません。せめて気分だけでもと、お弁当を作ってみたり。花見の予行練習だとか、みんなで海へ泳ぎに行く時の予行練習だとか。あまりしょっちゅう作ったりしないので、たまに作るととんでもなく色合いの悪いお弁当が完成します。学生の頃は母親に作ってもらっていましたが、大学になるとさすがに周りが自分で作っているので、母親にやってもらっているのが恥ずかしくなりました。それから自分で毎日作るようになりましたが、社会人になってその習慣も廃れてしまいました。
キレイな色合いで美味しそうなお弁当をつくるのは、芸術家の精神が必要です。自分の好きな物だけを作って入れると、全体的に茶色なお弁当が完成します。おじさんのお弁当のような感じです。色合いを考えているだけで、夜を徹してしまいそうな気がします。
最近、手作り弁当の本が流行です。お父さんが息子の為に作ったお弁当の話や、お母さんが娘への嫌がらせの為に作ったキャラ弁の数々の話や。キャラ弁を作れる人は本当にすごいなと感心します。でも、どうやら喜ばれるばかりではないようです。友人が幼稚園年長さんの娘の為にせっせとキャラ弁を作っていたのですが、「こんな子供っぽいお弁当もうやめて!私は大人なのよ!」と怒られたそうです。女の子のおしゃまな感じが可愛いですが、友人がちょっと哀れです。

貰って嬉しい贈り物

贈り物を渡す時はどんな時でしょうか。何かのお礼や誕生日や結婚記念日、何処かへ旅行に行ったお土産。渡す方は相手の事を考えて、喜んでくれるはずだと期待を込めて渡します。時には受け取った方は意にそぐわない物を貰って怒ったりすることもあります。そんな場合は贈った方はどう思うでしょうか。なかなかピンポイントに相手のツボを突いたプレゼントは難しい物です。サガンの代表作に、休暇中の娘に父親だったか、ドレスを贈るシーンがあります。とても素敵なドレスです。よく知っている相手の場合は比較的喜ばせやすいでしょうか。むしろ、色々考えて悩んでしまうかもしれません。
先日、電車に乗っていると、こんな会話が聞こえてきました。どうも友人から貰った海外のお土産が気に入らなかったという会話です。ハンドクリーム1個てありえなくない?普通、自分の為のものより豪華な物をあげない?なんなの、あのこは!とご立腹でした。相手の友人も、そうよね、私ならもう少し何かしらプラスアルファして渡すわ、と。お土産を贈った方はどういう意図で渡したのか謎ですが、貰った方は、そこまで言わなくても・・・と思いました。まぁ、自分がこだわらないからと言って、相手もこだわらないとは限りませんから、私もお土産の中身については以後、気をつけようと思いました。

パンに囲まれて

最近海外ドラマを観ています。その中に毎回必ずといっていいほど、舞台となる施設の厨房が出てきます。その厨房にはいつでもパンが山のように積まれています。ストーリーとはまったく関係ないのですが、その山を観るたびにいいなぁと思います。美味しそうだなと。たくさんのパンに囲まれて生活するなんて夢のようです。甘い系のものとかではなく、所謂お食事パン。ハード系の主食となるものです。そんな願望が高じて、ついつい輸入食品の店で似たようなハード系をたくさん買い込んでしまいました。これで、好きなだけパンが食べられる!と思いきや胃袋はたった1つ。その事を思い知らされました。おかげで、3食3日ほど同じものばかり食べる羽目に。さすがに最終日は、残っている分を冷凍してそろそろご飯が食べたいなと思うようになりました。アルプスの少女ハイジに出てくるような白く柔らかそうなのもいいですが、どっしりしたハード系のも大好きです。しかし、ハード系はその名の通り若干固めなので、簡単にムシャムシャペロリとはいきません。よく噛まなければならない為、すぐに満腹感もやってきます。ある程度日持ちするとはいえ、早く食べなければと焦ってしまいます。結果、こんなに味気ないのは無いなと思ってしまいました。

買ってでもする苦労

スマホで指を使わずメールが出せます。音声認識でメールを綴り、送信するのです。すべてのスマホにこの機能があるかどうかは知りませんが、バリアフリーなところがいいと思います。でも普通に指で打てる人は指を使ったらいいのにな、とは思います。友人の職場の上司は指でメールを打ちません。スマホでタッピングが面倒くさい、というのが理由だそうです。けっこう正確に音声を拾ってくれるので優秀だそうです。
昔は電子辞書が無かったから漢字を調べるのは辞書を指で繰っていました。苦労して調べるので、一度調べた漢字は忘れにくかったです。本を読んでいて意味が分からなければ、辞書をひけ、とよく言われた物です。しかし、最近はパソコンや携帯電話のキーを指で押すだけで漢字が出てくるし、ウェブサイトでは言葉の意味が出てくるしで、とにかく物忘れが進んでいます。そして今度は音声だけで文章を綴る。もう人として、指は必要なくなるんじゃないでしょうか。友人に、そう言ってみました。すると友人は「うん、確かにね。でも、その上司タバコ吸うのよね」と。ライターを摩ってタバコをつまむ。確かに、その上司は結構指を使いますね。さすがにこれは、音声一つでというわけにはいきません。上司はその上、タバコを吸う為の苦労も厭わないのでしょう。タバコを吸うにも場所が限られていますから。

いつもの電車の違う風景

いつも同じ時間の同じ電車に乗っていると、顔見知りが出来るそうです。あ、あの人今日はお休みかとか、あれ?この席はいつもあの人が座っているのにとか。友人が言っていましたが、同じ座っている人の前に立つと、降りる駅を知っているので何処で自分が座れるか分かるとのこと。友人は、3駅立っていても4駅目で座れて、その後9駅ほど寝て過ごすというのが日課です。その方法だとほぼ確実に席に座れるのでいいとか。
電車は乗る車両によって、風景が驚くほど異なります。先頭車両に乗って、そのまま何車両か歩いて渡ってふと気がつくと景色が変わりました。なにがどう変わったのか最初は分かりませんでしたが、乗客の服の色が変わったのに気がつきました。色とりどりになっているのです。さっきまで歩いてきた車両は黒や紺ばかりでしたが、女性専用車両になったので、服がカラフルになったのです。ちょっとした発見です。匂いも香水のいい香りに変わりました。朝は同じ時間の同じ電車に乗る友人ですが、さすがに仕事帰りは結構電車にばらつきがあります。あるとき、電車が来た!と思って飛び乗ると、みんな結構分厚目の小説を読んでいました。あれ?おかしい。と思った友人は電車の表示をみると、快速電車だったとの事。普段は各駅停車でないと停まらない駅なので、各停に乗ります。だから、みんなスマホや新聞を読んでいて、小説なんか読まないのです。そこまで区別がついた時には既に遅し。彼女の降りる駅を飛ばして走る電車の中だったそうです。

一歩踏み出すこと

映画の話ですが、小説の一節を声に出して読むと現実になるという能力の持ち主が出てくる話がありました。その中で、叔母にあたる人物が出てくるのですが、お金持ちで本の収集家です。うらやましい事に家に図書室まであるのです。「私は世界中を旅したわ。中つ国も!」というような台詞を口にします。世界中は、まぁ納得ですが「中つ国」??そうです。指輪物語の。つまり、彼女は一度も海外を旅した事がないのです。全部自分の家の図書室の本の中でだけ旅をしているのです。言いかえれば、家にいながら旅に出るのですが、実際に行ったわけではありません。もちろん本の中で旅をするのもいいでしょうけれど、やはり実際に行った方が得る物も多い訳ですよね。高びしゃな登場人物でしたがちょっと気の毒になりました。
出たいのに出れない。出るのが怖い。出た事がなければ何が待っているか分からないので怖いのは当たり前です。1人で海外を旅していると、新しい町に行くのが怖くなります。どんなホテルがあるか分からないし、ましてや泊まれるかどうかも分からないです。でもせっかく国外脱出したのですから色々な町を回らなければもったいないように思います。だから一歩踏み出す事ができます。
実際海外旅行だけでなく、新しい事に踏み出す事が好きか嫌いか分かれると思います。私は怖いという事を考えないで一歩踏み出す方です。考えてしまうと踏み出せないため、そこは見ないふりをして踏み出します。余談ですが、おっちょこちょいの友人は、吊り橋が怖いため本当に目をつぶって踏み出して、踏み外しかけていました。それはちょっとやりすぎですが。時には目をつぶって進む事も必要です。

昔の小説

学生のとき、歴史のテストの勉強はもっぱら歴史小説が参考書代わりでした。長ったらしいカタカナ名の西洋史や漢字の読みが全然分からない日本史の人物に個性を与えてくれるので、教科書より馴染みやすかったからです。それに付け加えて文学の勉強も小説でしている友人がいました。
勉強をしていた、というよりもきちんと文学作品を読みこなし、文学の年表などを覚えて行くというものです。私は文学作品はちょっと取っ付きにくいと思っていたため、なかなか手が出ませんでした。読んでいれば、文学年表やナニナニ派とか作者名とか苦もなく覚えられたのでしょう。
最近、ようやく興味が出てきたので読んでみたのが樋口一葉です。お札にもなった著名な人。彼女は一家の大黒柱として家族を養っていました。ずいぶん自転車操業だったようで、かつかつの生活を営んでいました。そして24歳で亡くなりました。そう聞いて、彼女は何を思って生きていたのかなと考えてしまいました。現代のように恋愛したり、買い物したり人生を楽しんでいたのかな、など。ずいぶん若くて亡くなったので、あまり作品数が無いにもかかわらずお札にまでなった偉人です。同じ女性として、尊敬します。お札になれるよう、生き方を見習おうというのはちょっと無理なのですが、彼女のようにまっすぐに、素敵な女性になりたいなと思いました。

開かないカギ

推理小説でこんなシーンがありました。
ストーカーに悩まされる女性。寝静まった深夜、ストーカーがカギを使って侵入しようとします。しかし、カギは付け替えられていて開きません。腹を立てたストーカーは腹いせにノブをガチャガチャすごい勢いでまわそうとします。そんな切羽詰まったシーンでした。
実際にこのような事件に友人が遭遇しました。仕事でクタクタになって終電で帰宅したそうです。繁忙期だったため昨夜も終電で、帰宅でした。マンションに入って自分の住んでいるフロアまで階段で上がる。そして、カギを開けようとすると・・・カギが入らない。友人はあれ?と思い、さらにがんばってカギを入れようとしましたが、半分しか入らない。でも、回るかもと思い回してみたものの回らない。開いているのか?とノブをガチャガチャ回すが開かない。インターフォンを鳴らしてみても応答がない。仕事でクタクタだった友人は、家族が嫌がらせをして開かないようにした、と考え携帯で電話して開けるよう言おうと思い顔をあげると、フロアナンバーが見慣れぬ数字だった事に気がつきました。つまり、疲れていた友人は違うフロアの違う部屋のドアを開けようと必死だったのです。時間は深夜午前1時。その部屋の人はさぞや怖い思いをされただろうなと思います。後日、友人が謝罪に行こうとしたのですが、いつインターフォンを鳴らしても応答がないとのこと。よっぽど怖かったんでしょうね。くれぐれも、部屋番号は間違えないようにね、と友人に言っておきました。

雨の日の読書

日曜日に雨が降るとうんざりする、という人は多いのではないでしょうか。せっかくの日曜日なのにどこにも行けないわと。休みの日、雨が降ると確かに洗濯物は乾かないし、布団も干せません。テーマパークやアウトドアの計画があったならテンション急降下は間違いないでしょう。外出予定のある日に雨が降ると確かに面倒くさい。誰かかわりに行ってくれないかなぁと思ったりも。
でも、特に予定のない日の雨はちょっと好きです。胸を張って一日中家で本を読めますから。晴れていたら出かけないと勿体ないかなと思ってしまう事がありますが、雨が降っていると安心して家にいる事ができます。きちんと掃除や洗い物を済ませて、いざ読書!と気合いが入ります。お茶など入れて、ソファに座り、オットマンに足を載せて優雅に読書です。雨がザーザーいう音を聞きながら、のんびり読書とはすごく贅沢です。
夢中で読み進めるうちに、いつしか雨の音はしなくなっています。ふと顔を上げるとお日様が出てたりして、とっくに雨はやんでいたり。さて、だったら買い物にでも行くかなと外出準備をしていると、また雨が降り出していたりします。あれ?じゃ、読書と腰を落としたり上げたりどっちもつかずになったりも。雨なら一日中雨でもいいのに、途中で晴れると罪悪感に苛まれて外にでなければ行けないような気持ちになります。おちおち腰をおろして読書もしてられない。そうなるのは私だけでしょうか。